昭和42年03月06日 夜の御理解



 信心をさせて頂いて、信心の徳を身に受けてまいりますと、身に徳を受ければ心配はないと仰ることは、どういうことかというとね。氏子が身に徳を受けると、神が心配せんですむということなんですよ。あの氏子は大丈夫とこういう訳なんです。ですから願わんでも頼まんでも、その氏子の上には、おがげを下さるわけなんです。願わんでも頼まんでも頂けれる様なおかげなんです。
 私昨日親先生のところに、御本部から帰りに寄らせて頂きましたが、お留守でございましたから色々御心配をかけとりましたので、今晩から参りました。そしたら大変私の話しを聞いてから御夫妻とも喜んで頂いて、しゃっち帰りがけその自動車ば買うたけんで、自動車で送ってやるち仰いますもん。立派な自動車が来とります。それでその正義先生だけが送ってもらうかと思ったら、私も家ん自動車にまいっちょ乗ってみろち言うちから、子供さんごと喜んでから自動車に乗んなさいますもんね。
 そしてからあのずうっと来よりましたら、もうあの電気どんがつくごとなっとろち言うけん、あぁもう電気もつくごつなっとる。それでもうあの見事にランプ等もしかっとりすけん。ほんならいっちょ合楽の方へ夜景ばいっちょ、見せて頂こうかち言いなさいますもん。ほんならご案内しましょうち言うてから、ちょうど皆さん久富さん皆んなで来て乗って頂いてから、あちらへ参りましたんです。
 本当にそれこそ願わんでも頼まんでも、どうしてこげな素晴らしいことが、素晴らしい風に出来ておるかと私は思うんですよ。第一洋間に参りまして親先生が大きなソファーに腰掛けてから、わぁこりゃもうこげんとこは何処でもなかばいち、もうあの金のシャンデリアのですね、見事なその何かこう肉色のこう橙色の様な赤で、はぁてこんなのが沢山ついてるんですよね。も目も眩ゆいばかりなんですよ。
 まあとにかく本当にこういう事が、私がこげんとが良いばの、あげんとが良いばのとも何ぁにも言わんなりにですね。私は今日から隅から隅まで夜景ば見せて頂いたんですよ。もうそれこそ本当にあれ全部電気どもつけたら、たいした電気代のものじゃろうと、私思うぐらいのですね。例えそれがよしつけたところで、その電気代誰が払うかち言うと神様ですからね、つけなさったのも神様なら払いなさっとも神様ですから。
 これなんかはちょっとしたいうならば、願わんでも頼まんでも頂いとるおかげなんですよ。ですから皆さんどうでも折角信心されるのでございますから、どうぞこげんして下さい、あげんして下さいという様な願いをさして頂いて、神様の有難さを分かることは有難いですよ。だからその次には、神様の心に添い奉る信心さして貰うて、お徳を受けてですね。そして神様が願わんでも頼まんでもおかげ下さる。
 私は今晩そのことを頂いてから、成程そうだと、氏子が身に徳を受けて、信心して身に徳を受けたらです。心配はないと仰せられるが。私共が心配ないのじゃなくて、神様の方が、この氏子の上には、心配はせんて仰るわけなんです。そういうおかげ頂かにゃいかん。ですから、頼まんでも願わんでも、神様が先回りをしておかげを下さる様なもんじゃないでしょうかね。
 私は今晩久富さんところのお父さんの五十日祭のこと、前話しよんなさいましたけれども、五十日祭に合祀祭を合わせてして頂きたいち言う話しはあっとりましたけれども、私は直接お届けは聞いとりませんもんですから、知らなかったんです。ですから私はこんなに、実をいうたら、ゆっくり出来たんですよ。でなかったら今朝から親先生が来るち言いなさったっちゃですね、ごそごそ帰ってきとったでしょ。
 今日も、久富さんも見えてから、何も仰らんもんですから、まあここでいきなりあちらも親先生のお供をさして頂いて、丁度こうして前夜祭を仕えさして頂く時間に帰らして頂いて。ところがほんなら何かというて、別に私がお装束つけたわけでもなからなければ、楽を得たわけでもない。そんなら紐帯、いっちょ切ったございませんでしたけれども、子供達の真心のもののお供えがしてあります。
 それでお祭りを仕えさして頂いた訳なんです。そしたらですねもうお祭りの方のちょいと、神結いばしてくれんのもうそれと同時でした。お宮ん中に入られるのは、お父さんが入られるのは。そしてからですね、何というでしょうか。私は今日私が申しましたいう様にですね。願わんでも頼まんでも、例えば子供達がですね。あの五十日祭を仕えさして頂いて、ここの御霊家に一緒に鎮めて頂きたいという。
 その願いがあってしとるのですから、私が知らんでもですね。それが出来ておるということなんです。そして御心眼に頂くことはいよいよ私は有難いと思ったんです。皆さん、甘露飴という飴があるでしょうが、甘露飴がですね。上から雨が降る様に降っとるんです、雨が、皆さん甘露ということは、ご承知でしょうがね。天理教では甘露台という事を申しますですね。もう信心の一番有難い境地という感じですね。
 甘露とは甘い飴と書いてあります。これは、仏経の言葉でしょうけれども、成長の家なんかでは、ここんところを、甘露の放雨と申します。甘露ののりの雨と言う事です。のりということは、仏のお恵みのという意味なんですね。いうならば、甘露の放雨うと申しましてですね。それこそ甘露台であり、甘露の放雨であり、そういう甘露飴がですね。こう、雨の様に降ってるんですね。
 これは、どういうことかというと、甘露の飴という事は、どういうことかというと、甘露台と言うのは、そのおかげの受け場でしょう。甘露の放雨というのは、そういうおかげのお恵みのことでしょう。願わんでも頼まんでも頂いておられるおかげなんです、御霊様が。そういう状況を拝まして頂いてから、本当に、有難いなあ、御神縁を頂いてから、おかげを頂かして貰うて。
 そして家族中の者の信心の徳によってから、これからも又おかげを受けられる事であろう。又、家族遺族の者もおかげ受けることであろう。久富繁雄さんが、昨日、頂いとられます、御本部で頂いとられます の中に、久富くらたということを頂いとられますですね。くらとは蔵のくら、たは太いということです。これからは、そういうおかげの神様の働きが始まるぞという意味のことをお知らせで受けておられますが。
 これなんかは、どうぞ蔵を建てて下さい、どうぞおかげを頂かして下さいじゃなくててす。それこそ、甘露の放雨が降る様にです。甘露の雨が降る様に願わんでも頼まんでもおかげの頂けれるために、甘露台であるところの、有難い、勿体無い、のおかげの心の土台というものを、私、作っておかなければいけないと思うです。今晩の御霊様の五十日祭を、私は普段の様なことで奉仕をさして頂きましたけれどもです。
 もう、それも要らないくらいですね、実をいうたら。同時に甘露の雨が降る様にという、そういう御理解を頂きましてですね。本当に信心しておかげを受けなければならんなあ、徳を受けなければならんなあと。どうぞ信心させて頂いておかげを受けるということは、身に徳を受ければ心配はないと仰るのは、人間が心配せんと言うのじゃないです、もう、あの氏子は大丈夫と、神様が安心してくださるのです。
 神様が心配しなさらんのです。ですから、神様はこっちから頼まんでも願わんでも、おかげを、それこそ甘露の雨が降る様に、おかげ下さることが出来るのです。そういうおかげを受けておられる、これからも頂いていかれる御霊様である。いや遺族の者がこの信心を続けられていく限り、そういうおかげが受けられると、そういう風に、私は、感じましたですね。おかげ頂きました。
   どうぞ。